ベーシスト事典/Bassist Encyclopedia

ベーシスト事典/Bassist Encyclopedia Vol.04 美久月千晴

Vol.04 美久月千晴さん 『霧にまみれてて、モケモケっとしていて。躍動感はあるけど、手に取って見えないもの、そう言うニュアンスだったんですよ。』

第四回目のゲストは、美久月千晴さんをお迎えしました。

2014 7/31 @銀座 エフ・ディ・エス

プロのベーシストになった頃の美久月千晴さんと、その後のキャリア。

1957年9月、神奈川県生まれ。高校を卒業後の1976年、AN MUSIC SCHOOLに入学すると同時に、新橋のお店でベースを弾くようになり、数々の店でプレーをし始める。また芹洋子の録音にも参加する。

77年、ブレッド&バターに参加する。メンバーは有坂秀一 (Keyb)、菅沼直彦(Dr)、鳥山雄司(G)、田中倫明(Perc)の5人。76〜77年には、日本の民謡歌手、原田直之のバックを務める。Wkipedia:原田直之

80年4月、上村かおる/うえむらかをる、のバックバンドとして参加。メンバーは今井茂淑(Dr)、坂本洋/サントリィ坂本(Kyeb)、面谷誠二(G)。同じ頃、ギターの面谷誠二に誘われ、サントリィ坂本と、ドラムに滝本季延 (トシノブ、以前に後藤次利バンドのドラマー)の4人で「チョコレート」という事務所に所属する。(その後、キーボードは交代する) 社長はパープルシャドーズの大場吉雄。この事務所に所属するとCMや劇伴など幾多のレコーディングをおこない、高橋真梨子のツアーにも参加し、多忙をきわめていく。

中島文明と中村信吾の2人組リバーサイド・ボーイズのバックを今井茂淑、サントリィ坂本、湯川トーベン(B)とでやっていたが、湯川トーベンが子供バンドに加入する事となり、このユニットから抜け、代わりに加入する事となる。これが後のダンガンブラーザーズ / Dang Gang Bros.となる。メンバーは中島文明(Vo/G)、中村信吾(Vo/G)、真下芳彦(G)、サントリィ坂本(Keyb)、今井茂淑(Dr)。81年、アルバム「Hungry Angry」をエピックソニーからリリース。

81年、多岐川裕美「酸っぱい経験 (カゴメCMソング)」のレコーディングに参加。その後のツアーも行う。パーカッションはペッカー。

83年、事務所をパラシュート(林立夫、斉藤ノブ、マイク・ダン、松原正樹、今剛、安藤芳彦、井上鑑)が在籍していたハーキュリーに移籍する。同年、ハワイで鳥山雄司(G)のレコーディングを行う。メンバーは宮崎まさひろ(Dr)、森村献(Keyb)。この後、同じメンバーで高中正義のツアーに参加。

84年、吉田タクローのレコーディングに、元愛奴の青山徹(G)、島村英二(Dr)、中西康晴(Keyb) と参加する。「俺が愛した馬鹿」(85年)

『Hungry Angry 』(81年)

『Hungry Angry 』(81年)

ダンガンブラザース

ダンガンブラザース

『酸っぱい経験(カゴメCMソング)』(81年)

『酸っぱい経験(カゴメCMソング)』(81年)

『俺が愛した馬鹿』(85年)

『俺が愛した馬鹿』(85年)

80年代年後半から90年代後半にかけては、井上陽水、中島みゆき、浜田省吾、桑田圭祐 (KUWATA BAND)、今井美樹、松任谷由実、福山雅治、長渕剛、鈴木雅之、吉川晃司、佐野元春、徳永英明、コブクロ、ゆずなど、数えきれないアーティストのレコーディングやツアーに参加する。

98年、織田哲郎、古村敏彦古、小田原豊とでDON’T LOOK BACKを結成。ヴォーカルも担当する。「DON’T LOOK BACK」(98年)

2004年には、音楽プロデューサー小林武史、Mr.Childrenの桜井和寿を中心とし、その後も続けられているAp bank  のサポートバンド、Bank Bandに参加する。「沿志奏逢」(04年)

他にも、aiko、一青窈、福山雅治、等様々なアーティストのライブサポート、レコーディングに参加。またアレンジャーとして90年代半ばに、氷室京介「Collective SOULS -THE BEST OF BEST-」(98年)、渡瀬マキ「double berry」(97年)などの作品も手がける。

06年、井上陽水「LOVE COMPLEX」のアルバムの中でもアレンジャーとしてクレジットされている。「蜘蛛の巣パラダイス」

『DON’T LOOK BACK』(98年)

『DON’T LOOK BACK』(98年)

『沿志奏逢』(04年)

『沿志奏逢』(04年)

『Collective SOULS –THE BEST OF BEST-』(98年)

『Collective SOULS –THE BEST OF BEST-』(98年)

『double berry』(97年)

『double berry』(97年)

『LOVE COMPLEX』(06年)

『LOVE COMPLEX』(06年)

現在も数々のレコーディングの他に、井上陽水のツアーに参加し全国を飛び回っている(2014/9現在)。メンバーは長田進(G)、今堀恒雄(G)、小島良喜(Keyb)、野崎真助(Drs)、澤田かおり(Cho,Keyb)、LYN(Cho,Perc)

最初にご自身が参加されたアルバムで、想い入れのあるのは何でしょうか?

かなり前のことなんで、はっきり覚えてないんですが。。。シングルは、多岐川さん初めてのヒットなんで覚えているんですが、アルバムですよね。高中正義さんのアルバムとかですかね。「Can I Sing ?」(83年)。あと今井美樹さんの初期のアルバムだったかな、それもやったと思います。
陽水さんの録音はシングルで「新しいラプソディー」(86年)。 翌年にアルバムで呼ばれました。「NEGATIVE」(86年)。

 

『CAN I SING ?』(83年)

『CAN I SING ?』(83年)

『新しいラプソディー』(86年)

『新しいラプソディー』(86年)

『NEGATIVE』(86年)

『NEGATIVE』(86年)

次に当時使用していた楽器をお聞かせ下さい。また今使用している楽器についてもお聞かせ下さい。

75年のフェンダー、プレシジョンベースをやはり同じ75年に新品で購入。色はサンバーストで、ネックはローズウッド。次が82年に65年のジャズベース を購入。やはり色はサンバーストで、ネックはローズウッド。(SB / R)86年には、78年のジャズベで色は黒(BLK / M)。ネックはメイプルのものを購入しました。メインはこの3本ですが、他に90年に4001リッケンバッカーのクリス・スクワイアモデル、同じく90年 頃に62年型のヘフナー、500 / 1も持っています。(ヘフナーは全部で3本所有)

Fender – Precision Bass(75年)

Fender – Precision Bass(75年)

Fender – Jazz Bass(78年)

Fender – Jazz Bass (78年、本人撮影)

 

Rickenbacker

Rickenbacker 4001 Chris Squire model (本人撮影)

Hofner

Karl Hofner 500/1 (62年)

Fender Jazz Bass(サンバースト、65年)と美久月氏

Fender Jazz Bass(サンバースト、65年)と美久月氏

ありがとうございます。ではいよいよチャックさんについてのお話をお聞きします。美久月さんが初めて聴いたチャック・レイニーの音が入ったアルバムはどれなのか、お聞かせ下さい。

『Smack Water Jack』(71年)

『Smack Water Jack』(71年)

やっぱりスマックウォータージャックです。QUINCY JONES「Smack Water Jack」(71年) 鬼警部アイアンサイドのテーマ音楽だったんですよね。(この曲が使われたのは、おそらく第2シーズンからだと思われる。その後、日本テレビ「テレビ三面記事 ウィークエンダー」でも使われた。)

その後、チャック・レイニーが参加しているアルバムを聴いて、印象に残っているアルバムは何ですか?

「さわやか革命」。お金がないのに買ったんですよ。(笑)めちゃくちゃ聞きました。STEELY DAN「Pretzel Logic」(74年)。でもその前にシングルで「輝く季節 (Reelin’ in the Years)」を聞いたんですよ。しかもその時、TV番組の「インコンサート」にSteely Danが出てたんですよ。アルバム「Can’t Buy A Thrill」(72年)に収録。(当時はバンドメンバーでの録音が多かったため、チャック・レイニーは不参加)。もちろんMarlena Shaw「Who Is This Bitch, Anyway?」(74年)もです。これを聴いた時、リズムパターンが変わるところが僕にはショックでしたよ。チャック・レイニーとハーヴィ・メイソンで すよね。

美久月千晴氏

美久月千晴氏

で、中2の頃、親にベースアンプを買って貰ったんですよ。それを担いで新橋のお店に仕事で行ったのが76 年。ここで74年頃に聞いていた「さわやか革命」とか「Who Is This Bitch, Anyway?」あたりが、活かされて来る訳ですよ。(笑)あとは、やはりハーレムノクターンが入っているソロアルバムですね。CHUCK RAINEY「Coalition」(69年)。バーナード・パーディーとやっているやつで、その曲は若い頃心に響いたのを覚えています。だってベースで メロ弾いちゃうんですよ。これはなんだぁ〜て思いました。(笑)

『Pretzel Logic』(74年)

、 『Pretzel Logic』(74年)

『Can’t Buy A Thrill』(72年)

『Can’t Buy A Thrill』(72年)

『Who Is This Bitch, Anyway?』(74年)

『Who Is This Bitch, Anyway?』(74年)

『Coalition』(69年)

『Coalition』(69年)

もう一つ、King Curtisのライブ。「Whole Lotta Love」が入っているアルバム。僕持っていたんですよ。ツェペリンので聴いていたのでビックリしましたよ。(実はこのアルバム「Live at Fillmore West」のベーシストはJERRY JEMOT。彼も偉大なベーシストで、アトランティック・レーベルの録音に数多く参加している。)

ありがとうございました。美久月さんはそれらのアルバムを聴いたとき、チャックさんのプレイをどのように思われましたか?

霧にまみれてて、モケモケっとしていて。躍動感はあるけど、手に取って見えないもの、そう言うニュアンスだったんですよ。だからコピーはたくさんしなかっ たんです。コピーが普通の人には不可能なタイプの音。こんな風に当時は思っていました。ある意味ジェームス・ジェマーソンもそうなんですが、僕らの時代は フラット弦しか売ってなかったし、その後にラウンド弦が出てくるんです。チャックさんの音を出しているのを見た事はないんですが、あの指1本で弾いている 感じは、当時、フラット弦では無理で。さっきのスマックウォータージャックのイントロで、ベードラとベースで始まる感じ。バウンズする感じ。もう真似出来 ない感じでした(笑)

美久月千晴氏

美久月千晴氏

 

美久月さん独特の表現ですね。とても興味深いお話です。では最後ですが、チャックさんに一言、お願
いします。

ベーシストだけではないと思いますけど、過去のチャックさんの60年代から70年代にかかるあたりが、身体に染みました。思い出も、たくさんあります。どのくらい吸収出来たかはわからないんですけど、チャックさんからは、山ほどエネルギーを貰いました。これからもエネルギーを爆発させ続け、ベースを弾き続けて下さい。

 


16 9月 2014